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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)8233号 判決 1988年6月30日

原告

三宅良子

ほか一名

被告

青柳清

ほか一名

主文

一  被告らは、原告三宅良子に対し、各自金二三七万四六四九円及びこれに対する、被告青柳清については昭和六〇年七月二七日から、被告東和鉄工株式会社については同月二三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告三宅良子のその余の請求及び原告三宅晋一の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用は、原告三宅良子と被告らの間に生じたものはこれを一〇分しその九を原告三宅良子の負担としその余を被告らの負担とし、原告三宅晋一と被告らの間で生じたものは原告三宅晋一の負担とする。

四  この判決は一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自、原告三宅良子(以下、「原告良子」という。)に対し金二九一二万九八二一円、原告三宅晋一(以下、「原告晋一」という。)に対し金二四一二万九四二〇円及びこれらに対する、被告青柳清(以下、「被告青柳」という。)については昭和六〇年七月二七日から、被告東和鉄工株式会社(以下、「被告会社」という。)については同月二三日から、各支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告らの請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  事故の発生(以下、「本件事故」という。)

(一) 日時 昭和五八年一〇月三一日午後九時二五分頃

(二) 場所 東京都品川区東品川三丁目二七番先路上

(三) 加害車両 普通貨物自動車(以下、「被告車」という。)

右運転者 被告青柳

(四) 被害者 原告良子

(五) 態様 原告良子が前記場所の交差点横断歩道上を歩行中被告車が衝突した。

2  原告良子の受傷、治療経過及び後遺症

(一) 受傷内容

頭部外傷、頸椎捻挫、右第三ないし第九肋骨骨折、右膝打撲、気胸

(二) 治療経過

北品川総合病院に、昭和五八年一〇月三一日から同年一二月二八日まで(五九日間)及び昭和五九年一一月三〇日から同年一二月一八日まで(一九日間)入院、昭和六〇年二月頃まで約一三か月間通院

(三) 後遺症

頭痛、視力減退、記憶力低下、疲労等の後遺症が残存し、自賠法後遺障害別等級表一四級の認定を受けた。

3  責任原因

(一) 被告青柳は、交差点内で左折するに際しては横断歩道上の歩行者に十分注視して減速徐行しなければならない注意義務があるにもかかわらず、右義務を怠り漫然被告車を進行させた過失により本件事故を発生させた。

(二) 本件事故は、被告青柳が被告会社の業務執行として被告車を運転中発生したものである。

4  損害

(一) 休業損害(原告両名) 四八二五万八八四〇円

(原告ら各二四一二万九四二〇円)

(1) 原告らは、吉林省対外貿易輸入公司(中国)に対し、左のとおり、車両用タイヤを売り渡す契約二件(以下、「本件契約」という。)を締結した。

<1> 契約締結年月日 昭和五八年八月一三日

商品名 ホイル付きタイヤ 一万六五〇〇セツト

ホイルなしタイヤ 三万三五〇〇セツト

売買代金総額 八三二七万五〇〇〇円

履行期限 昭和五九年三月末

<2> 契約締結年月日 昭和五八年九月六日

商品名 ホイル付きタイヤ 三二〇〇セツト

売買代金総額 六〇八万〇〇〇〇円

履行期限 昭和五九年三月末

(2) ところが、原告良子が本件事故により受傷し入通院をせざるを得なくなり、また原告晋一は日本語ができなかつたため、日本国内における各種折衝ができず、原告らは本件契約の履行ができなくなつた。

(3) 本件契約が履行できなくなつたことによる損害の数額

(ア) 逸失利益 三〇八八万〇二〇〇円

本件契約によつて得べかりし原告らの純利益。

(イ) 違約金 一六七七万〇六四〇円

本件契約が不履行になつたことにより、原告らが買主に支払うべき違約金

(ウ) 賃借料等 三五五万八〇〇〇円

事務所及びタイヤ保管場所の賃借料その他の経費(昭和五八年九月から昭和五九年一二月までの分)

(エ) 合計(原告両名) 五一二〇万八八四〇円

(原告ら各二五六〇万四四二〇円)

(4) 損害の填補 二九五万〇〇〇〇円

原告らは、休業損害の填補として、二九五万円(原告ら各一四七万五〇〇〇円)を受け取つた。

(二) 原告良子固有の損害 五〇〇万〇四〇一円

(1) 治療費 五万五六八一円

(2) 入通院諸雑費 一〇万〇〇〇〇円

(3) 後遺症による逸失利益 三〇二万四七二〇円

年収四八〇万円、労働能力喪失率五パーセント、稼働期間一八年(年五分の割合で新ホフマン方式により中間利息を控除。係数一二・六〇三)

(4) 入通院慰藉料 一五〇万〇〇〇〇円

(5) 後遺症慰藉料 三二万〇〇〇〇円

よつて、被告ら各自に対し、原告良子は二九一二万九八二一円、原告晋一は二四一二万九四二〇円及びこれらに対する、いずれも本件事故発生の日の後である被告青柳については昭和六〇年七月二七日から被告会社については同月二三日から、各支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2について、(一)の事実は認める。(二)の事実は知らない。(三)の事実のうち、原告が自賠法後遺障害別等級表一四級の認定を受けたことは認めるが、その余は知らない。

3  同3は認める。

4  同4のうち、(一)の(1)ないし(3)及び(二)は知らない。(一)(4)は否認する。なお、被告は原告良子に対し損害の填補として三四五万円を支払つている。

第三証拠

証拠は本件記録中の書証目録及び証人等目録記載のとおり

理由

一  請求原因1(事故の発生)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(原告良子の受傷、治療経過及び後遺症)

1  請求原因2(一)(受傷内容)は当事者間に争いがない。

2  同(二)(治療経過)は、原本の存在と成立に争いのない甲第二号証及び乙第三号証の二によれば、原告良子は本件事故による傷害の治療のため、財団法人河野臨床医学研究所附属第三北品川病院に昭和五八年一〇月三一日から同年一二月二八日まで(五九日間)入院し、同病院に昭和五九年五月二日まで一一日通院し、北里研究所付属病院に昭和五九年一月四日から同年七月一一日までに五日通院したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

3  同(三)(後遺症)は、原本の存在と成立に争いのない甲第三号証によれば、原告は本件事故による傷害により、後頭部痛、両眼結膜充血、右上肢筋力低下の後遺症が昭和五九年一一月七日に固定したことが認められ、原告が自賠法後遺障害別等級表一四級の認定を受けたことは当事者間に争いがない。

三  請求原因3(責任原因)は、当事者間に争いがない。

四  請求原因4(損害)

1  休業損害(請求原因4(一))

(一)  成立に争いのない甲第一二号証の六及び二三、官公署作成部分につき成立に争いのなくその余の部分について原告三宅良子本人尋問(第一回)の結果により真正に成立したものと認められる甲第四号証、原本の存在につき争いがなく原本の成立について同尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六及び七号証の各一、二、同尋問の結果により真正に成立したものと認められる甲第六及び七号証の各三、四、第一二号証の一ないし五、八、九、一一ないし二二、二四ないし三〇及び三六ないし五〇並びに原告三宅良子本人尋問(第一回及び第二回、後記信用しない部分を除く。)の結果によれば、次の事実が認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(1) 原告晋一と原告良子は夫婦であり、晋良商事の名を用いて昭和五八年三月から中国貿易の仕事を開始した(但し、税務申告上は原告晋一の個人事業として届出ていた。以下、右事業の主体を、「晋良商事」という。)。

(2) 晋良商事は、吉林省対外貿易輸入公司に対し、中古タイヤを売り渡す交渉を同年四月頃から始め、同年八月一三日、タイヤ合計五万本を、代金総額八三二七万五〇〇〇円、履行期限三万五〇〇〇本は同年末までに発送完了、残りは昭和五九年三月末までに発送完了の約定で売り渡す旨の契約(以下、「第一契約」という。)、並びに、昭和五八年九月六日、タイヤ三二〇〇本を、代金総額六〇八万〇〇〇〇円、履行期限同月に船積みする約定で売り渡す旨の契約(以下、「第二契約」という。)を、それぞれ締結した(以下、第一及び第二契約を合わせたものは、前記本件契約と同一のものと認められるから、「本件契約」という。)。

(3) 本件契約の代金支払は信用状によつてなされることになり、第一契約のうちタイヤ三〇〇〇本分及び第二契約の信用状が、それぞれ同年一〇月一五日及び同年九月二四日に発行され、そのなかで買主側の陸揚港到着の期限が第一契約のうち三〇〇〇本につき同年一一月一〇日、第二契約につき同年一〇月三一日とされた。

(4) ところが、晋良商事は同年一〇月になつても輸出船の手配ができず、買主と交渉して前記二通の信用状の期限を延長してもらうこととし、同年一一月一八日、買主から船積み期限をいずれも昭和五九年一月三一日に延長することとした通知が送付された。

(5) 晋良商事は昭和五八年四月頃から中古タイヤの買付けの交渉を始め、同年一〇月にはいくつかの解体業者との間で、タイヤが出たときに連絡を受け原告らが取りに行くか送つてもらうという話がまとまつていた。そして、晋良商事は中古タイヤの買入れにより、少なくとも、同年一〇月に一五万円余分(同月より前にタイヤ買い入れによる領収書を受け取つたことを認めるに足りる客観的な証拠はない。)、一一月に二〇万円弱分、一二月には一六万円余分、昭和五九年一月には一〇〇万円を越える金額分、二月には四万円余分の領収書を受け取つた。

(6) 一方、晋良商事は中古タイヤの輸出について、昭和五八年一〇月頃までに、輸出の手続きや船積みを鈴江組倉庫株式会社に任せる契約をし、晋良商事としては中古タイヤを同社倉庫に持つて行くだけでよいことになつていた。しかし、輸出船として、そのころまでに撫順城という船しか確保できず、同船ではせいぜい一か月に一、二回の出航で、かつ一回につきコンテナ二、三個を船積みできる程度であり、現実には、同年一一月八日出航分でタイヤ六七〇本、同年一二月一〇日出航分で同五四六本、昭和五九年一月二四日出航分で同五七五本、同年二月一六日分で同九四〇本を船積みしたのにとどまり(原告らは昭和五八年一〇月一八日にも同船に船積みしたと主張し、原告良子は右主張のとおり供述するが、これを認めるに足りる客観的な証拠がない。)、その後はタイヤの輸出ができず、結局本件契約は期限内に履行ができなかつた。

(二)  以上認定した事実によれば、晋良商事は昭和五八年八月及び九月に本件契約を締結したのであるが、タイヤの買い入れを始めたことが明らかに認められるのは同年一〇月以降であり、また輸出船としては撫順城を手配し同年一一月以降に船積みできただけであつて、契約締結の際タイヤの確保、輸出船の手配について確実な計画や目度があつたとは考えられず、右締結から二か月前後経過した本件事故発生時(一〇月三一日)になつても契約により輸出すべきタイヤの量に比べて輸出船の確保が余りにもわずかであることが認められ、本件事故発生時にはすでに契約通りの期限内にタイヤの輸出を完了することは困難になつていたと推認することができる。また、本件事故発生時以降も、タイヤの買い入れ及び撫順城によるタイヤの輸出は一応なされており、原告良子が仕事ができなかつたとしても晋良商事の輸出業務が全く不可能とは言えず、仮に原告晋一が日本語ができないため交渉に支障があるならば通訳を雇つて業務ができたとも推認される(前記認定のとおり晋良商事は輸出や船積みについて鈴江組倉庫株式会社に任せているのであるから交渉にさほど専門的な知識が必要とは認められない。)。

そうすると、本件事故による原告良子の傷害と本件契約の不履行の間に因果関係を認めることはできないといわざるをえず、休業損害に関する原告らの主張は認めることができない。

なお、原告良子は本件事故発生以前に撫順城以外の輸出船の手配も交渉していたと供述するが、右供述を客観的に裏付ける証拠がないうえ、原告が受傷しなければ期限内に契約履行ができるような輸出船の確保が確実にできたであろうということを認めるに足りる証拠はない。また、同原告は受傷によりタイヤの買い入れが十分にできなかつたとも供述するが、仮に右供述が契約に定められたタイヤの数量を買い入れることができなかつたという趣旨であれば、前記認定のとおり晋良商事は昭和五八年四月から契約の交渉及び準備をしていたにもかかわらず同年一〇月以降いくつかの解体業者からタイヤを買い入れ始めたばかりであり、右事実に照らして考えると、原告良子が受傷しなかつたとしても十分なタイヤが買い入れられたかは疑問であり、右供述は採用することができない。

2  原告良子の固有の損害(請求原因4(二))

(一)  休業損害 三四一万〇八三三円

以上のとおり、晋良商事の休業損害は認められないのであるが、二で認定した事実(治療経過)並びに成立に争いのない甲第一号証及び原告三宅良子本人尋問(第一回)の結果により認められる以下の事実、すなわち原告良子は本件事故発生の日から八か月余入通院を続け、症状固定の診断を受けるまで一年余を要したこと、同原告は中国語が堪能で通訳ができるうえ、貿易業務にも明るいこと、同原告は昭和九年九月八日生まれであることを総合すれば、原告良子の休業損害として、昭和五八年賃金センサス第一巻第一表企業規模計、産業計、全労働者、四五歳から、四九歳(年収四〇九万三〇〇〇円)を基礎とし、八か月間はその一〇割、四か月間はその五割に相当する金額について認めるのが相当というべきであり、右休業損害は次の計算式のとおり算出される。

四〇九万三〇〇〇÷一二×(八+四×〇・五)=三四一万〇八三三円

(二)  治療費 〇円

治療費はこれを認めるに足りる証拠がない。

(三)  入通院雑費 四万七二〇〇円

前記認定事実によれば、原告良子は症状固定までに五九日間入院したことが認められ、右入院に伴う雑費として損害賠償請求できるのは一日当たり八〇〇円として算出した四万七二〇〇円が相当と認める。通院雑費は、とくにこれを要したことを認めるに足りる証拠がない。

(四)  後遺症による逸失利益 五六万六六一六円

原告良子の後遺症及び(一)で認定した事情によれば、原告良子の逸失利益は、昭和五九年賃金センサス第一巻第一表企業規模計、産業計、全労働者、五〇歳から五四歳(四一六万一四〇〇円)を基礎とし、三年間、労働能力を五パーセント喪失したとして算定するのが相当であり、右損害は次の計算式のとおり算出される(中間利息はライプニツツ方式により控除、係数二・七二三二。)

四一六万一四〇〇×〇・〇五×二・七二三二=五六万六六一六円

(五)  慰藉料 一八〇万〇〇〇〇円

原告良子の傷害の程度、入通院期間、後遺症の内容、程度、その他諸般の事情を考慮すると、慰藉料は一八〇万円が相当と認める。

(六)  損害の填補 三四五万〇〇〇〇円

弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる乙第二号証の一ないし一四によれば、原告良子は損害の填補として三四五万円を受け取つていることが認められる。

(七)  合計((一)+(二)+(三)+(四)+(五)-(六)) 二三七万四六四九円

五  結論

以上の次第で、原告良子の請求は、二三七万四六四九円及び本件事故発生の日の後である被告青柳については昭和六〇年七月二七日から被告会社については同月二三日から、支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、同原告のその余の請求及び原告晋一の請求はいずれも理由がないから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 中西茂)

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